2003年11月の投稿

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2003年11月30日

父親

前回の「職人魂」で書いた自分の両足で初めて歩かなきゃいけなくなった理由
今日はほんと私信です。
昨年の10月父親が突然、病魔に襲われ倒れます。
それ以前の父親と私は経営に対して考え方がまったく違い、ことごとく対立を繰り返し、お互いがわかりあうことはありませんでした。そして社長である父親が会社のお金をすべて管理し、誰にもさわらせませんでした。
ですから社長が倒れた時、会社の経営はストップし危機情態に陥りました。お金の流れなどまったくなにがなんだかわかりません。取引業者さんへの支払いや借入金の返済、約束手形の決済なにも知らされていない私は銀行へ走ります。そこで今まで社長がしてきたことに愕然とします。いろんな問題が棚上げにしてあり、山積みでした。社長のやり方に怒りを感じました。「どうしてここまで!」と。
初めての銀行でしたが、幸運にもほんと当店の担当の林さんがいい方で、いろいろアドバイスしていただき、なんとか危機は乗り越えることができます。今でも林さんには足を向けて寝られません。
そしてよちよち歩きですが、はじめて経営者として両足で歩き始めます。

その間にも父親の病気は進行し、1度はほとんど寝たきり状態となり、生死をさまよいます。あれだけ対立し、言い争ってきた社長ですが、こうなってはもうただの父親です。ほんとはもっと会社のこと言いたいことたくさんあったのですが、今ではけんかもできません。
ある時、病院のベッドで寝ている父親が私に話しかけます。
「佳男。すまんなー」と何回も何回も。会社のことで迷惑かけてそう言っているのかと思って聞いてみると、そうではなく
・・・36年前に私の右目を手術の失敗で失明させたことを詫びているのです。たしかに私は心の奥底でこのことをコンプレックスに思い、どこかで父親を恨んでいました。
父親の口からはじめて聞く言葉。
そして父親の気持ちに気づきます。いま私には小学校6年、3年、2年の子どもがいます。その子のひとりでも、もし片目でも失明したら・・・もう気も狂わんばかりです。
そう、その時の父親の気持ち今ならよくわかります。もう涙で父親の顔が見えません。

今なら言えますよ。
「大丈夫、そのことでつらいこともあったけど、それ以上にとってもいい出逢いたくさんあったよ。そして少しだけ他人の痛みわかる人間になったと思う。この気持ち必ず子どもたちにも伝えたい!」
「そしてこんな自分を今まで育ててもらってありがとう」と。
「父さん、病気に負けず皆で頑張ろうね。」


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2003年11月28日

出逢い

この言葉は宝石工房KADAのサイトオープンに際して、カンドウコーポレーションの福原さんの友人である尾花紀子さんからプレゼントしていただいた言葉です。
「出逢い」 ほんと私の今年1年はこの言葉にに集約されています。
紀子さんによると、「会う」は自ら出かけて行って会うという感じで、「逢う」は引き寄せられて逢うという感じ、そう「出逢い」は両方から近づき寄せられていく運命的な出逢いだそうです。
この「出逢い」私が今まで生きてきた人生の中で今年は一番たくさんありました。それもとびっきり素敵な出逢いです。
これには私なりに理由があります。
おはずかしい話なのですが、私今年42歳となり、そして今までを振り返ると、かなり自己中心的に生きてきました。それも性質の悪い他人依存症です。なんでも他人のせいにして生きてきてました。
でもある理由から(これ話すと長いですから次回にします。)自分の両足で初めて歩かなきゃいけなくなりました。はじめはヨロヨロで足元おぼつかなかったのですが、そこで気づいた事ありました。
「そう少しの勇気と他人への思いやりをもって行動すれば、必ず素敵な出逢いがあることを!」
この素敵なたくさんの出逢いからこのサイトも出来上がりました。
そしてこのことが宝石工房KADAのスタッフの一番の誇りです。
この誇りを汚さぬことが当店の使命です。
「さあ、今日も素敵な出逢いありますようにがんばりますよー」

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2003年11月26日

Webあきんど養成ジム

おかげさまで昨日、宝石工房KADAのサイトがオープンいたしました。
このサイトは広島のカンドウコーポレーションに作っていただきました。
そしてこのサイト作るきっかけとなったのは、うちの奥さんが島根の「Webあきんど養成ジム」の門をたたいたからです。
ここから素敵な出逢いが始まります。
このジムのスーパーバイザーで、カンドウコーポレーションのボスこと福原勘二氏、超強力な講師陣の崎田行政書士事務所・崎田和伸氏、パンダ工房・岡田昇氏、ハー・ストーリィ・日野佳恵子氏、そしてこれからお逢いできる上内かなえ氏、日本IBM・尾花紀子氏、しまね産業振興財団のスタッフの皆さん、そしてなにより、このあきんどのジム生の皆さん。
「ほんとありがとうございます。」
この出逢いがなければ当店のサイトは存在しませんでした。
うちの奥さんのちょっとの勇気がこんな素敵な出逢いになり、そしてサイトのオープンと、なにか夢を見ているようです。
当店スタッフもこの出逢いを大切にし、このサイトを見てくださってるお客様にちょっとの勇気を持ってもらえるように努力していきます。
何卒よろしくお願いします。

投稿者 kada : 11:29 | トラックバック

2003年11月25日

ー職人魂ー

ちっちゃい小学校1年生の僕がいます。その子、ある時右目の視力を失います。右目は腫れ上がり、まなざしは意志とは全く別の外側に向き始めます。
そして、それを隠すためにメガネをかけて、ひとり小学校の机に座ってうつむいたままでいます。一生懸命前を見ようとするのですが、恐くて悲しくて顔も上げられません。ずっと歯をくいしばったまま、うつむいています。それから36年経っても、その気持ちは変わりませんでした。

2003年8月27日、同い年のボスこと福原勘二さんに出会います。
ボスは真正面からぼくに語りかけます。
「そろそろ話しましょう。そしてその子を一緒に助けにいきましょう。」
「『がんばれ、がんばれ』って応援してやりましょう。」
「それ加田さんにしかできませんよ。ぼくは少し手伝ってあげられるだけ。」
「そして素敵な仲間がいることをその子に教えてあげましょう。」
「どんな人でも必ず何かのかたちで仲間のためにお手伝いしてあげることできるんだよって、そう相手の気持ちをまず考えてあげられたら・・・・それを一生懸命考えてみようよ。」

ーここから宝石工房KADAが始まります。ー
KADAのジュエリーに対する想いは、自分への想いでもあります。うつむいたままの子どもも、ダイヤモンドのきれいさは知っていました。でも、それを表現することを知りません。
そして今なら教えてあげられます。そのきれいなダイヤモンドにデザインをあたえ、「かたち」で表現できるってことを。そして、唯一それが仲間と語れる糸口だってことを。
「さあ、その子助けにいきますよ!そしてたくさんの素敵な出会いが待ってますよ」
もしよければ、心の奥底にしまわれた感動を、私の手によってよみがえらせてください。これは私自身へのチャレンジであり、職人魂の源でもあります。

投稿者 kada : 10:59 | トラックバック